はんぶんこ

今から十数年前、

 

前回の記事で書いた出来事をきっかけに、それまで『誰かみたいになる』を目指していた私は『他の誰でもない自分自身になる』という生き方を選択することにしました。

 

 

でもね、そうは言っても色々沢山コンプレックスをかかえているわけですよ、これが。

もうてんこ盛り。ため息が出ちゃう。

 

でも『自分自身になる』為にそんなコンプレックスのひとつひとつと向き合って行く事にしました。

 

 

当時持っていたコンプレックスの中のひとつに『自分の度量の狭さ』がありました。

ダメなんです。我慢がきかないの。超ワガママ。

 

 

でもね、世の中にはいらっしゃるじゃないですか、自分の身を投げうってでも人の為に動いてあげられる人。

 

 

そういうタイプの人をものすごく尊敬してましたし、ものすごく憧れていました。

自分もそんな風に人の為に動いてあげられたら…。

そういう人になりたいっ!!!って。

 

 

 

でも、どうやっても無理なんです。

何か人の為にやってあげたとしても『私はこれだけやってあげた!我慢した!』ってすぐに思っちゃう。

なんて言うのかしら、無償の愛?そういう感覚がまるでない。

 

 

人間が小さいんです。

 

 

そして、当時の私はそんな自分の事を、すごく『ダメだな〜、私』って責めていたんですよね。

『ワガママ、度量が狭い、冷たい人間』って。

そしてそんな自分が嫌いでした。

 

 

でも、『他の誰でもない自分自身になるキャンペーン』を始めてしまったので、そんな自分を受け入れてあげなきゃいけなくなったんですよね。

 

 

『心の広い誰か』を目指すのではなく

『心が狭い自分自身を受け入れる』。

 

 

えーーーーーーーー、嫌だ。

受け入れたくない。

嫌だ、そんな人。

もっとちゃんと心の広い立派な人になりたいのに…。

 

でもなれないし…。

自分自身になるって決めたし…。

 

 

えーーーーーー。でも嫌だなあ、そんな度量の小さいヤツ。(-_-;)

 

 

まぁ、相〜当長い事ジタバタしました(笑)

 

 

でもね、どうにもならないので、結局最後にはあきらめました。

 

 

自分は度量が小さいんだから仕方ない!

小さいなりの接し方をしていこう!って。

 

 

そこで考えたのが『はんぶんこ』ポリシー

 

 

例えばもし、震災とかそういう場面で食べ物があまりないような場面で誰か大切な人と二人でいたとします。

そして目の前にはパンが1つだけ。

 

 

ここで私の『理想』としては、『自分は食べずに相手にすべてあげる』なんですね。

 

 

でもね、自分自身がもしそうやって『自分は食べずに相手にパンを全部あげた』場合の事を想像すると、きっと、私はずーっとその相手に対して恩をきせたくなるんですよね。

『私は我慢してパン全部あげたのに』って^^;

 

 

『私だって我慢したんだからあなただって少しは我慢しなさいよね!』って絶対思いそうなんですよ、自分が。

相手に対して色々許せなくなっちゃうんですよね。きっと。

そのうち、相手が何か自分と違う意見でも言い出そうもんなら『あのときパン全部あげたのにそんなこというなんて!ひどい!』とか無駄に相手を責めてしまいそう。そして大好きだった相手の事嫌いになっちゃったりして。

 

 

 

………。

 

 

 

嫌だーっっ、そんなの!!!!!

 

 

でも残念だけど。それが私。

それが私のキャパシティなんですよね。

 

 

本当は「私はいいの、あなたが食べなさい」って言ってみたい!そういう人にめちゃくちゃ憧れる!!!

 

 

 

でも、どんなに考えても無理なんです。そこまで器が大きくないの。

 

 

なのでね、もうあきらめました。

キャパが小さいなら小さいなりに。

 

 

『はんぶんこ』にする事にしたんです。

 

 

『私もあなたもお腹空いてるから二人で「はんぶんこ」ね!』って。

 

 

二人ともちょっと満足、二人ともちょっとお腹空いてる。

二人でちょっとシアワセで、二人で一緒にちょっと我慢して頑張ろうね、って。

 

 

これなら相手に対して恩をきせなくて済むし、無駄に相手の事を責めたりしないで済むし相手の事もちゃんと好きでいられる。

 

 

 

『はんぶんこ』

 

 

 

『理想の人』とはだいぶ違っちゃったけど、これがまぎれもない『私』。

 

 

 

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